留学生活の振り返り

この文書は橋谷奨学財団から支持された年間レポートです。つまらないことばかり書いていたが、ぜひ最後までお読みくださいませ。



 私は後悔しない人生を生きていきたい。人生は1回しか与えられないものからこそ、精一杯生きていろんなことを挑戦したい。私は毎年最低でも1つ新しいことを挑戦するという考え方を持っている。とにかく、インドネシアで出来ないことを日本でやっていきたいという気持ちである。
 学部時代に卒業した先輩の話を聞き、長く日本で滞在してもどこにも行かず、ずっと東京で過ごすのは残念だと思った。せっかく日本に留学したので、その話を聞いてから私は日本でいる間にたくさん経験していきたいなと決めていた。学部の時は生活を支えるためにバイトをやらなくてはならないため、初めてレストランでのバイトをしてみた。最初は辛かったけど、慣れたら10時間ずっと立ちっぱなししても平気になった。
 その長時間のバイトのお陰で、初体験の富士登山は楽だった。その時は初めて登山を行くなのに、同期と後輩にリーダーとして選ばれた。他のチームメンバーと要するな用具と準備を調べ、お互いに情報交換をした。初めて登山の経験で日本最高峰でインドネシアの独立記念日の儀式を行うことができた。すごく感動な経験だった。ところで、今まで合わせて富士登山は3回してきた。
 そして、大学の科目に通じて北海道で農業実習経験もできた。その時は10日間で日本の農家の家にお世話になり、実際の農業を自分の手と体で体験してみた。まだ日本語が慣れない自分を限界までプッシュして、10日間の実習も無事に終えらせた。実習後、友達と北海道に観光をし、東京と全く違う雰囲気に触れられた。
 大学院では橋谷奨学金のお陰で、生活費が支えたため、勉強と研究に集中することができた。私の研究は多くの理系学生の皆様とは少し違う。社会科学なので、聞き取り調査など、調査対象地に行かないとならない。そのため、ジャカルタにあるインドネシアの農業省から初めて北スマトラにあるPematang Siantarと西ジャワの山中にある紅茶プランテーションに訪れた。その経験から、いろんな人と出会い、インドネシアの多文化についてより知るようになった。
 今までの経験を振り返って、私にとっては後悔のない留学生活を過ごしてきた。日本にあちこちに行き、国際関係を築き、インドネシアのこともより深く知ることができたと思う。もちろん、まだ山ほどやりたいことはあるが、多少は達成したなと感じている。大学院卒業して、社会に出て、より大きい夢を持ち、精一杯人生を過ごしたい。

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